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作者名 |
渡辺巴洲・渡辺崋山 |
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題名 |
父子双幅詩 |
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サイズ(崋山) |
本紙 縦33×横54(cm)
総寸 縦128.5×横56(cm) |
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サイズ(巴洲) |
本紙 縦30×横40.5(cm)
総寸 縦131.5×横56.5(cm) |
状態
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崋山 本紙、表具ともに良好。
巴洲 本紙に細かなシミがあります。 |
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備考 |
本紙:紙 軸先:象牙
左下に落款。合せ箱(二重箱)。
鏑木華国小伝の極め札。
鏑木華国小伝 発刊の「渡辺崋山遺墨帖」に掲載 |
価格
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応相談 |
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略歴 |
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渡辺巴洲(わたなべ はしゅう)
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| 渡辺崋山の実父。 |
| 渡辺崋山(わたなべ かざん) |
寛政5年(1793)〜天保12年(1841)。
文人画家。江戸に生まれる。名は定静。字は小安。号は崋山のほかに、寓絵堂、全楽堂、昨非居士、随安居士とも称した。通称と登といった。
和洋の勉学にいそしみ、極貧のうちに画を学んだ。師は宋紫山、金子金陵、谷文晁などである。のち諸派を折衷して、古法に即して一家を成した。
時世の至るところ、海防の重要性を説き、「慎機論」を著したが、幕府の逆鱗にふれ、幽閉された。このことを藩主に遠慮して「不忠不孝渡辺登」と大書し自刃、非業の生涯を終えた。 |
| 鏑木華国小伝 |
1868〜1942
田原藩士の長男として生まれる。銀行に勤めるかたわら、渡辺小華に師事して南画を学ぶ。また華椿系の書画鑑定家として有名。
明治44年に「渡辺崋山遺墨帖」を発刊し、渡辺崋山の顕彰にも努めた。 |
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